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あがた森魚 - Agata Morio - Website
70年代、その異色の音楽性で自主制作により「赤色エレジー」を発表。日本少年、ヂパング・ボーイとして大正ロマンや日本の原風景をその作風の中に描き、はちみつぱいなどと70年代を駆け抜ける。後に80年代以降バンド・ネオンやニューウェイブ、ワールド・ミュージックをその作風に取り入れ、あがたワールドを築きあげてきた。その異色さは彼の世界感を、空間や音へと具現化したものであり、聴き手のイマジネーションを広げ、あがた森魚の世界に誘う。映像、ジャケットやステージングへ日本の大正、昭和初期等のノスタルジーに思いを馳せる、彼独特の少年の心を託し、現在も熱狂的なあがたファンの注目を得ている、オンリーワンでコンセプチュアルなアーティストである。
斉藤哲夫 - Saitou Tetsuo- Website
今回のフォークジャンボリーの牽引役でもある斉藤哲夫。彼は72年、URCレコードより1st.アルバム、「君は英雄なんかじゃない」を発表。中津川でもその歌声を伝えている。その容貌と「悩み多き者よ」などにみられる詩の世界観からフォークの哲学者と呼ばれ、多くの支持者を獲得した。その後、ポップでメロディアスな曲と、リリカルな社会情勢を描いた歌詞で変身を遂げ、彼独特の思いをその歌に託し続け、歌と向き合う姿勢はメロディアスになっても決して変わることがない。ムーンライダースなどの多くのミュージシャンとコラボレートを重ね、シリアス且つポップな楽曲で名作を残している。80年代には糸井重里作詞・鈴木慶一作曲による「いまの君はピカピカに光って」のスマッシュ・ヒットを放っている。
シバ - Shiva - Website
72年、URCレコードよりフォークシンガーとしてデビュー、多くの伝説を残す。男たる生き方を貫く行動と生きざま全てが、シバを物語っていると言える。シバと高田渡を中心に結成された「武蔵野タンポポ団」の名前の由来となる、腹が減ったら河原に下りタンポポを食すなど、その突飛な行動と放浪で多くの逸話を残している。また、少年時代から漫画家を志し、永島慎二氏のアシスタントを経験した後、65年に「ガロ」に処女作を発表。漫画以外にも三橋乙椰のペンネームで「ガリヴァーの生命起源説」などを発表し多彩な活動を続けている。フォーク色の濃かった作品は、後世にはブルース色を深め、ブルースマンとしての認識が高い存在となっている。そのナチュラルな演奏と歌声は苦境の時代のアメリカン・フォークの香りを保ち、ゴツゴツと荒々しく不器用でいながら、男の優しさを持ち続けている。今回の「神戸フォークジャンボリー・記念Tシャツ」も彼の絵をもとにデザインされている。
三上寛 - Mikami Kan-
異端のフォークシンガーの形容が似合うアーティストも彼以外にいないだろう。その三上ワールドはフォークを根に持ち続けるも、演歌(怨歌)、パンク、ジャズ、ブルース、ソウルそして前衛で今も在り続けている。単に異端と言う存在ではなく、人間の中に息づく情念や尊厳をその演奏と歌世界に浮かび上がらせ、聴く者との激しい心の交歓が彼の神髄ではないだろうか。71年の中津川フォークジャンボリーで伝説的なライヴ・パフォーマンスで一躍脚光を浴びる。当時メッセージ・フォーク全盛の国内において、日本独自のメッセージ・フォーク、ロックの最大の功労者だと云えるだろう。90年代怒濤のリリースを続け、'00年には「三上寛ボックス」13枚組を発表。最近は元頭脳警察の石塚俊明、浦邊雅祥らと「三社(さんじゃ)」を結成、強烈なダブ・サウンドで尚も三上寛の世界を広げ続けている。
よしだよしこ - Yoshida Yoshiko- Website
高校三年生にして、「ピピ&コット」に参加、伝説のエレック・レコードよりアルバムを発表。しかしバンドは解散、エレック・レコードは倒産。二十歳そこそこの世間知らず、音楽が好き、ギターを弾くのが好きなだけ、これという野心も持たぬまま時代に揺れ動かされ、レコード会社と事務所を移籍し2枚のシングルをリリース。ベトナム戦争も終焉を迎える70年代後半、音楽もメッセージ性の強い歌から、多種多様のスタイルの流れが生まれていた頃、自分自身を形成してくれたアメリカへ渡る。自作の数曲のうたとギター、片言の英語だけ、たった一人のアメリカ。身も心もボロボロになって一年後に帰国。それ以来20年間歌うことを止めた。3年前、旧知の高田渡氏からステージで歌う事を勧められ緊張と葛藤のステージの中、もう一度歌うことの意味と自身を見つめ直した。「もし歌う役目が私にあるなら歌いたい」と今日も大切な歌とギターを抱き締めながら小さなライヴハウスを回っている。
大塚まさじ - Ootuka Masaji- Website
1950年、大阪府茨木市生まれ。子どもの頃から実家の養鶏を継ぎ、牧場を作る夢を温め続ける。19歳で大阪・難波元町の小さな喫茶店「ディラン」のマスターになり、当時学生だった西岡恭蔵さんをはじめ、今も交際が続く多くの人たちと出会う。ディランの常連の中から「ザ・ディラン」が生まれ、「春一番」が始まり、21歳の時には「ザ・デイランII」を結成。大阪の街と時代と人のエネルギーに煽られるように、いつの間にか唄い手となっていった。25歳でソロ、35歳から全国ひとりツアーを開始。今も、一年で日本を一周する唄の旅を続けている。現在、大阪府在住。
長田"TACO"和承 - Osada Kazuyoshi- Website
70年代初頭、日本のフォーク・ロックシーンの創造期、18歳でプロ・ミュージシャンとして活動を始める。「オリジナル・ザ・ディラン」、「レイジー・ヒップ」に参加。'79年から1年間渡米。以後、東京に移り住み、スタジオミュージシャン、セッションマン、作曲など幅広く活動し多くの作品やステージに足跡を残している。'89年から、「マンドリン・ブラザース」、'90年からは「S.H.A.T」など、ギタープレーヤー、スティールギター、マンドリンの名手としてマルチに多くのグループ、アーティストのライヴ・レコーディングに参加。その後、関西に移りスタジオ・セッションなどを行い、'01年春より天空オーケストラに参加。また、最近では「大タコ」を結成し、積極的に歌うマルチ・ミュージシャンとしても活動。
澤村重春 - Sawamura Shigeharu- Website /[春待ちファミリーバンド
ビートルズに出会い学生時代より演奏活動をスタート。1976年、ライヴハウス「春待ち疲れBAND」をオープン。フォーク、ロック、ジャズなど多様なミュージシャンが集い、演奏の場となる。'78年、その店で意気投合したミュージシャン等と「春待ちファミリーBAND」を結成。バンドリーダーとして活躍するも'95年、阪神淡路大震災により被災、店鋪は倒壊。以降は演奏だけに活動を絞り、春待ちファミリーBANDのバンド活動のかたわら独自の音楽活動を開始。震災の被災地の子供達を励ますためのボランティア演奏を切っ掛けに「手作り楽器ファミリー演奏会」、「手作り楽器教室」を全国各地で展開。春待ちファミリーBANDは、演奏形態のユニークさと卓越した各ミュージシャンの演奏、澤村氏の愉快なトークとステージングが大きな特色と言える。
島田和夫 - Shimada Kazuo- Website
1954年、大阪生まれ。中・高校生の頃よりG.S.やベンチャーズの影響でドラムを始める。'98年の解散までの25年間「憂歌団」で活動。最近は、大塚まさじ氏、友部正人氏などのフォークから「FORE ACES」などアメリカのブルースに影響を受けたバンドや、カントリー、ブラジル音楽、ハワイアンなど様々なジャンルの音楽に、その卓越したドラミングで年間100本以上のライヴやレコーディングにと活躍している。'01年にはBIGINのコンサート・ツアーに参加するなど、ミュージシャンからの信頼度の高いドラマーである。また、ドラムの他、自身でイラストやプロデュース活動を続け多くのハートフルな音楽の場を作り出している。
中川みつお - Nakagawa Mitzo- Website /[春待ちファミリーバンド
神戸生まれ神戸育ち。1976年、YANOMAN(矢野あきら)・小谷しんじらと「パーマネントジャグバンド」結成、「春待ち"疲れ"BAND」の第1回ライヴに出演の後、拾得・バーボンハウスなどにも出演し注目を集める。並行して大学軽音学部の歴代ブルーグラスおよびデキシーL.ジャズ・バンドを継承し、やがて「パーマネント...」は解散、ジャグバンドの灯を消すまい!と、澤村重春と「春待ち"ファミリー"BAND」結成。同時期にペダルスティールも始める。'81年、光玄の「ばれたら終わりや」に参加。その後大阪のカントリーロックバンド「LYNX」に加入。約3年間の「スキップ楽団」でのプロ活動引退後、サラリーマンしながら「春待ち...」に復帰。'99年脱サラ後、カントリーバンド「ケンワース」に加入、浪花のちんどん「華乃家」での準レギュラーにてあこがれのチンドン太鼓を修得。斉藤哲夫・中村よお・増田俊郎・佐藤GWAN博、ほかをサポート等々、多芸でお茶目なサムタイム(愛煙々草)ミュージシャン!
中村よお - Nakamura Yoh- [中村よおのトオリヌケ・ストリート
1953年神戸生まれのシンガーソングライター、著作家、ラジオ・パーソナリティー。高校時代のアマチュアバンド皮切りに、シンガーソングライターとしてライヴハウスを中心に活動中。雑誌取材・編集の仕事を経て83年から専門誌の仕事に従事しながら、コンサート企画「トオリヌケ・コンサート」を神戸、芦屋、明石などで企画開催。ミニコミ「トオリヌケ・キ」の発行など様々な活動を行っている。また、それらの豊富な知識と体験から関西フォーク&ロックの生き字引き的な存在と言われている。2005年10月からラジオ関西のパーソナリティーを開始。「レコードコレクター」、「ロック画報」誌にも記事など多くの音楽の知識を遺憾なく発揮している。著書に「関西フォーク70sあたり」・「洋楽ROCK関西実況70s」・「KOBE街角通信」・「バー70sで乾杯」、8月には「肴(あて)のある旅〜神戸居酒屋巡回記〜」が刊行される。
メガマサヒデ - Megamasahide- Website
神戸在住。ソロ・アーティストでありながら、その衝撃的な愛と毒のライヴ・パフォーマンスで多くの人々を虜にしている。処女作「日本ロック元年」は余りにも過激なために、一部のCDショップで販売禁止騒動が起こる。しかし、その反動で日本全国に存在が広まり大きな話題となっている。一年後の次作、「俺がメガマサヒデじゃい」ではより過激さを増している。しかし、過激さだけでない卓越したソングライティングは注目すべきものがあると言えるだろう。また、URCレコードのトリビュート・アルバムでは斉藤哲夫氏の「悩み多き者よ」でフューチャーされるなど、突出した過激な存在だけに終わることのない歌への姿勢を感じる。神戸フォークジャンボリーにおけるライヴ・パフォーマンスでの大きな衝撃が期待される。
モーガンズ・バー - Morgan's Bar - Website /[春待ちファミリーバンド
秋本節 - Akimoto Takashi -
井山明典 - Iyama Akinori -
1984年、結成のファンキーでポップな実力派バンド。ボーカリストでソングライターの秋本氏のソフトで時にはアグレッシブな歌声と、どこか懐かしく優しさに溢れたメロディと歌詞は大きな魅力である。また、彼の奏でるクラリネットの音色も、もう一つの魅力であると言える。一方、井山氏のピアノとアコーディオンは'99・'01年の渡米時に訪れたニューオリンズをはじめ、ルイジアナ州各地のライヴハウスで演奏し好評を博すなど、ホンキートンク・フィーリングもモーガンズ・バーに欠かす事の出来ない要素である。島田和夫氏らとのユニット「Boogie Woogie Piano Night」などソロ・ワークの活動も繰り広げている。結成から関西各地でライヴ活動を行い'96年より全国ツアーを決行。現在、4枚のアルバムをリリース。また、今回出演の澤村重春、中川みつお氏らとともに関西を代表するジャグバンド「春待ちファミリーBAND」にも参加、幅広く活動。関西ミュージシャンのレコーデイングにも欠かせない二人である。
 
     
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